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図書館の自由宣言って知ってた!? ひでぞう流・自由主義論 その3

日本図書館協会という組織があります。

図書館の自由に関する宣言(1954採択/1979改訂)/日本図書館協会 

私の田舎にある図書館(といってもかなり立派な図書館)にこんな宣言は無かった気がします。あったとしてもひっそりと掲げられていたのか、当時は自由主義に無関心で気付かなかったのか。
数回引っ越して東京の図書館に行くようになり、ある図書館の玄関先に掲示されていたのを見て衝撃を受けました。

なお、田舎は図書館が街にひとつですが、東京は区に複数あってビビリました「えっ、こんなに図書館があるんだ」ってw

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非常に力強い「自由主義宣言」!

少し長いですが引用します。

図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に、資料と施設を提供することをもっとも重要な任務とする。

  1.  日本国憲法は主権が国民に存するとの原理にもとづいており、この国民主権の原理を維持し発展させるためには、国民ひとりひとりが思想・意見を自由に発表し交換すること、すなわち表現の自由の保障が不可欠である
    知る自由は、表現の送り手に対して保障されるべき自由と表裏一体をなすものであり、知る自由の保障があってこそ表現の自由は成立する。
    知る自由は、また、思想・良心の自由をはじめとして、いっさいの基本的人権と密接にかかわり、それらの保障を実現するための基礎的な要件である。それは、憲法が示すように、国民の不断の努力によって保持されなければならない。
  2.  すべての国民は、いつでもその必要とする資料を入手し利用する権利を有する。この権利を社会的に保障することは、すなわち知る自由を保障することである。図書館は、まさにこのことに責任を負う機関である。
  3.  図書館は、権力の介入または社会的圧力に左右されることなく、自らの責任にもとづき、図書館間の相互協力をふくむ図書館の総力をあげて、収集した資料と整備された施設を国民の利用に供するものである。
  4.  わが国においては、図書館が国民の知る自由を保障するのではなく、国民に対する「思想善導」の機関として、国民の知る自由を妨げる役割さえ果たした歴史的事実があることを忘れてはならない。図書館は、この反省の上に、国民の知る自由を守り、ひろげていく責任を果たすことが必要である。
  5.  すべての国民は、図書館利用に公平な権利をもっており、人種、信条、性別、年齢やそのおかれている条件等によっていかなる差別もあってはならない。
    外国人も、その権利は保障される。
  6.  ここに掲げる「図書館の自由」に関する原則は、国民の知る自由を保障するためであって、すべての図書館に基本的に妥当するものである。

黄色のマーカーは私が付けたものです。普段忘れている大切なことがたくさん書かれています。

まずは国民主権。あまり意識しませんが「政治家は国民の代表」であって「政治家vs国民」ではありません。行政も国民のためにあります。

宣言の通り私たちが経済的繁栄以外にもより良く暮らすためには自由に意見を言い合える「表現の自由」が必要です。そのためには色々なことを勉強するために「知る権利」も必要です。

そして「権力の介入または社会的圧力に左右されることなく」や「国民の知る自由を妨げる役割さえ果たした歴史的事実があることを忘れてはならない」にこの宣言の覚悟が見て取れます。

図書館は単なる「資料の無料貸出し機関」ではない!

もちろん私はその恩恵を受けていますが、しかし折に触れて図書館の真の存在意義を考えてみたいものです。
宣言はこう続きます(抜粋)。

第1 図書館は資料収集の自由を有する

2.
(1)多様な、対立する意見のある問題については、それぞれの観点に立つ資料を幅広く収集する。
(2)著者の思想的、宗教的、党派的立場にとらわれて、その著作を排除することはしない。
(4)個人・組織・団体からの圧力や干渉によって収集の自由を放棄したり、紛糾をおそれて自己規制したりはしない。

3.図書館は、成文化された収集方針を公開して、広く社会からの批判と協力を得るようにつとめる。

図書館は社会の公器であり、独立した機関であることを高らかに宣言しています。

その独立を護るために

…決意が謳われています(抜粋)。

第4 図書館はすべての検閲に反対する

1.検閲は、権力が国民の思想・言論の自由を抑圧する手段として常用してきたものであって、国民の知る自由を基盤とする民主主義とは相容れない。
検閲が、図書館における資料収集を事前に制約し、さらに、収集した資料の書架からの撤去、廃棄に及ぶことは、内外の苦渋にみちた歴史と経験により明らかである。
したがって、図書館はすべての検閲に反対する。

2.検閲と同様の結果をもたらすものとして、個人・組織・団体からの圧力や干渉がある。図書館は、これらの思想・言論の抑圧に対しても反対する。

3.それらの抑圧は、図書館における自己規制を生みやすい。しかし図書館は、そうした自己規制におちいることなく、国民の知る自由を守る。

ここにも非常に強い決意がありますね。かつて我が国でも書物の検閲と言論統制がありましたが、その「苦渋に満ちた歴史」を二度と繰り返さないために、きっちりと明文化しているところが素晴らしい。

そしてことのほか大事だと感じたのは「そうした自己規制におちいることなく」と、外部からの抑圧がもたらす自己規制についても言及しているところです。

図書館に限らず私たち日本人は「空気を読んで」自己規制するのが大好きです。しかもそれが「大人」で素晴らしいこととさえ思っていますが冗談じゃない!

また、経済優先・効率優先・生活優先で普段考えもしない「自由の価値」ですが、折に触れて考えるべき重要なテーマであることを忘れてはいけません。

自由と人権を守る国民のたたかい

今の時代、戦時中のように大幅に自由が侵害されることはほとんどありません。しかしいつそんな時代が来るか分からない、歴史は繰り返されるを前提に自由が侵害されたときの決意も謳われています(抜粋)。

図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、あくまで自由を守る。

1.図書館の自由が侵されようとするとき、われわれ図書館にかかわるものは、その侵害を排除する行動を起こす。

2.図書館の自由を守る行動は、自由と人権を守る国民のたたかいの一環である。

3.図書館の自由に対する国民の支持と協力は、国民が、図書館活動を通じて図書館の自由の尊さを体験している場合にのみ得られる。われわれは、図書館の自由を守る努力を不断に続けるものである。

世の中にはさまざまな団体が存在しますが、ここまでの決意を持った宣言を見ることはそうありません。

また、私たちひとりひとりの市民が自由の価値を考え護り抜く気概を持たないと、自由はいつしか聞こえの良いさまざまなものに取って代わられます。自由が無くなった後に嘆いても遅いのです。

図書館は穏やかで文化的なイメージがあります。しかし思想・良心の自由という、自由主義社会の原点を担う決意を持って運営されているのです!

まとめ

この宣言が採択されたのは1954年、改訂は1979年・総会決議とあります。1954年は終戦から間もなくで、それから25年後に改訂されています。更に2015年の今、36年もの月日が流れました。今後もこの宣言が色褪せず多くの人に知ってもらえればと思います。

図書館を利用する人も利用しない人も「図書館はこんな決意を持っているんだ」ということを知ってもらえれば幸いです。

 

 

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