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ハイエクの「自生的秩序」 ひでぞう流・自由主義論 その2

かつて全体主義(社会主義・共産主義)と自由主義(資本主義)のどちらが優れているかの闘いと論争がありました。しかしソ連をはじめとする全体主義諸国が相次いで崩壊したことで自由主義諸国の勝利が確定的になりました。

しかしなぜ自由主義は全体主義に勝ったのか…。その鍵のひとつに「自生的秩序」の概念があります。

今回はこの聞きなれない「自生的秩序」をキーワードにして、自由主義のひとつの側面をお話しします。

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やる気うんぬんの問題もありつつ…

全体主義体制(=全体主義経済)失敗の理由は「働いても怠けても給料が同じでやる気を無くすから」と説明されますが、これだけでは失敗の本質に迫れません。

全体主義体制ではひと握りの官僚(や独裁者)が国家のあらゆる物ごとを決めます。いわゆる計画経済です。あるモノの生産量から価格までの全てを官僚が計画し労働者に指示・生産させます。

しかし本当にそんなことが可能なんでしょうか!?

現場? 会議室? 情報? …の関係性

事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ!

刑事ドラマにこんなセリフがありますが、これがそのままこの話に当てはまります。

さて、その「現場」には私たちがいて経済活動をしています。消費者・商店・市場・会社がそうですね。

いっぽうの「会議室」には官僚がいます。しかし官僚は「現場」を把握し切れません。よって彼らが発表する生産計画は常に見当違いです。

そしてそのしわ寄せを受ける現場の国民は「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ!」と叫ぶことになるのです。

無数にある「経済活動の現場」

たとえばひでぞうのある1日を見てみましょう。

朝は仕事の取引、昼はお弁当を購入、夜はスーパーで買い物をします。金額の大小や会社での取引か個人的な取引(=買い物)かの違いはあっても、これらは全て経済活動と言えます。

また、スマホゲームの課金も数千万円のマンションを買うのも、缶コーヒーを買うのも経済活動です。

このように世界中のありとあらゆる現場で経済活動が行われているのです。

「知識の分散」と「価格の自動調整メカニズム」

さて、その現場では「ニンジン1本の価格」なら農家や八百屋、主婦が「適正な価格」と「必要な数量」、そして「品質の良し悪あし」を知っています。同じく「鉄鉱石1kgの価格」なら採掘会社や鉄鋼会社がそれを知っています。

更に言えば「30階建てビル1棟の価格」「ネジ1本の価格」「鉄線100mの価格」「パン1個の価格」「列車1両の価格」など、国じゅうのありとあらゆるモノの適正価格・必要数量・妥当な品質は、それぞれの現場に「知識」として分散しているのです。

また、それらの現場では「高いからまけてよ!」「少しまけとくよ!」というかたちで価格が調整されます。そして世の中に不足しているものは価格が高くなり、余っているものは安くなります。アダム・スミスの「神の見えざる手」ですね。こうして価格のみならず需要と供給も自然に調整されるのです。

このように「経済活動の現場」は無数にあるので「知識」は分散した状態で存在します。しかしそれらが互いに連絡を取ることで需要と供給が調整され、やがて全体から見ると秩序を形成するに至るのです。

経済学者で哲学者のハイエクはこの仕組みを「自生的秩序」と名付けました。そして人間は自生的秩序よりも優れた仕組みを作ることはできない、つまり「会議室の官僚」が経済を計画するなど不可能だと指摘したのです。

官僚は現場に分散している知識をかき集めることなどできないし、価格の自動調整メカニズムを人為的に再現することもできないからです。

それでも官僚が率いる全体主義国家は計画経済を実施します。しかし必ず行き詰まり最後は崩壊するのです。

理性・知性主義の限界

私たちは理性・知性で物ごとを考え計画すべきだと教わってきました。
しかし人間の理性・知性には限界があります。

自分の身の回りのことならある程度の計画・立案・実行が可能ですが、国家経済のような巨大な規模になると限界が生じます。人間の頭で考えるには複雑過ぎるのです。

頭で考えることに限界があるとする主張は反知性主義と言えます。
しかしハイエクは理性・知性をやみくもに信仰することは「致命的な思い上がり」だと厳しく批判したのです。

人間の理性・知性をどこまでも信じ、国家すら計画的に運営できると思い上がった成れの果て、…それが多くの人々を塗炭(とたん)の苦しみに(おとしい)れた全体主義体制だったのです!

反知性主義に見えるハイエクの主張ですが、そこには人間と社会に対する深い洞察と思い上がりに対する厳しい批判があるのです!

まとめ

今回は自由主義と全体主義を自生的秩序の概念を中心に据えて考察しました。しかし「自由主義は繁栄するから良くて、全体主義は破綻するから悪い」というだけの話ではありません。

ハイエクがいいたかったのはそんな経済の不振などという次元の問題でなく、自由市場に政府が干渉すると結局人間の自由が根こそぎ失われるということなのである。

自由をいかに守るか ハイエクを読み直す/渡部昇一

ハイエクは経済学者として有名ですが、真に重要なのは自由主義者としてなのです。それぐらい自由を語る上でハイエクの思想は外せないのです。

今後も折に触れて、その思想をお話ししたいと思います。

 

 

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